2026’ 沖縄学習旅行2日目

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  10月28日 快晴・涼風の最高の天気の中、沖縄学習旅行2日目がスタートです。  1組は瑞泉学徒隊の宮城みちこさんについて学びます。戦時中にみちこさんが歩いた南部(撤退)への道のりを辿りながら、ガイドの方の話を聞いて学びます。    首里高等女学校跡地にて。瑞泉学徒隊の慰霊碑がこちらに移設されてからは、初めて訪れました。みちこさんの学生生活の様子、人柄について理解を深めました。  糸数壕では暗闇体験もしました。みんなで折ってきた千羽鶴と平和祈念のパネルを置かせていただき、尊い犠牲者の方に黙とうを捧げました。  多くの犠牲者の方が今も眠る「魂魄の塔」前ではエイサーも踊りました。  2組はひめゆり学徒隊の戦跡を巡りました。南風原陸軍病院壕跡では、飯上げ体験をしました。糸数壕(アブチラガマ)には、みんなで入ることができ暗闇体験をしました。 ひめゆり学徒隊が最後にたどり着いた場所である荒崎海岸は、素足では歩けないような岩場で、当時の宮城喜久子さんたちの過ごした様子に思いを馳せました。    1・2組合流しての昼食は沖縄そばでした。そのあと、ひめゆり資料館を見学しました。  摩文仁にある平和記念公園ではまず、韓国人慰霊塔に行きました。沖縄戦では沖縄の住民の方、日本本土の方以外に、韓国を始めとしたアジアの方々も犠牲になりました。  平和の礎では自分の探したい名前を探しました。目の前に並ぶ、名前の数の多さに子どもたちは圧倒されていました。  平和記念公園の中央広場、素晴らしい青空の下、みんなで思う存分にエイサーを踊りました。この気持ちよさは一生忘れられないでしょう。    今日の夕食、タコライス、チャーハン、ラフテー、沖縄そば、ハンバーグ、唐揚げ、サラダ、カレーなどなど!!沖縄フルコースです!!  夜は内間青年会のみなさんをお招きして、エイサー交流をしました。一番小さい子でなんと2歳!!鶴小エイサーもみてもらい、大興奮のあっというまの時間でした。  ひめゆり資料館前に和光小学校が31年前に植えたフクギです。大きく育ちました。

25年度 6年生『沖縄学習旅行』(3・4日目)

  <3日目>

 この日の予定は渡嘉敷島に渡る予定でしたが、残念ながら悪天候のためフェリーが欠航となってしまいました。急遽予定を変更して、沖縄本島北部をめぐるコースになりました。



 この日、最初に訪れたのは辺野古です。ジュゴンが生息する美しい海岸を眺めながら、新しい米軍基地の建設、海上埋め立て、基地移設問題等の話を聞きました。ここでも”平和”について考えを深めることができました。


 沖縄の伝統工芸品である紅型工房の見学をしました。優しい風合い、色合いの紅型は、沖縄の気候に即して生活の中で大切にされてきました。本土とは違う文化の”香り”に触れることができました。



 美ら海水族館の見学をした後、そのすぐ裏手にあるエメラルドビーチで海遊びをしました。本土とは違った海の色、風を感じながら、思い思いに海遊びを楽しみました。沖縄は10月末まで海水浴ができます。

 
 最終日の夜は沖縄で学んだことを語り合う学級集会の時間です。それぞれのクラスの沖縄学習旅行委員が中心となり、話し合うテーマを決めます。”戦争””平和””命”そして”自分(たち)”と向き合う濃い時間です。一晩ではとても語りつくせないほど白熱した論議が繰り広げられていました。学校に帰ってから再度考える継続課題にもなります。

<4日目>
 この学習旅行もいよいよ最終日です。朝から向かったのはうるま市・石川にある宮森小学校です。ここは戦後、米軍のジェット機が墜落し、当時の小学生が何名も犠牲になったところでもあります。当時、小学生だった方に証言をしてもらいました。戦後も続く日本の基地問題を考える重要なヒントをもらいました。



 宮森小学校の校庭の隅には当時犠牲になった方の追悼碑があります。6年生が手作りした千羽鶴のパネルを供え、皆で黙とうと平和への祈りをささげました。



 首里城の下には日本軍の第32軍司令部壕跡があります。ここでは大野校長の解説を聞きました。当時、どのような役割を果たしていた場所なのか、実際に弾痕も目の当たりにしました。
 4日間の学習旅行では全員が1日ごとに、その日に学んだこと、考えたことを振り返り、言葉で綴ります。各学級の学習旅行委員はその言葉を紡ぎ、その年の「平和宣言」を仕上げます。沖縄戦で犠牲となった方々を想い、平和への祈りを捧げる意味も込めて、この地で平和宣言を読み上げました。



 学習旅行の最後は那覇国際通りでのショッピングタイムです!東京では見られない珍しいものをたくさん目にしました。お小遣いを片手に、一人一人楽しみながらお土産選びをしていました。