2年算数「かけ算九九すらすら言えるようにがんばってるよー!」

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2年生は、かけ算九九の習熟に向けて、がんばっています!!  習熟の取組みは「のぼり九九」→「くだり九九」→「ばらばら九九」の3段階。 まずは全員、「のぼり九九」からスタート。 教室で、担任の先生に聞いてもらったり… (担任の先生には「1のだん」~「9のだん」まで、必ず1回は聞いてもらって 合格をもらうこと、としています。) 休み時間や放課後に、職員室で いろいろな先生に聞いてもらったり… スクールカウンセラーの先生にも聞いてもらっています!! 鶴小の先生たちは、いつでも聞いてくれるし、応援しているよ。 「ばらばら九九」を合格したら、九九マスター!! 2年生のみんな、九九マスターになって自信をもって3年生に進級してね!

6年生 沖縄学習旅行 4日目

 4日目 うるま市立宮森小学校へ

今日は、いよいよ最終日です。

1959年に起きた宮森小学校ジェット機墜落について学んだり、宮森小の6年生との交流も楽しみです。

34日お世話になったホテルの方たちに挨拶をしてホテルをあとにしました。


宮森小学校に着きました。

はじめに1959年、宮森小ジェット機墜落事故の犠牲になってしまった人たちの慰霊碑仲よし地蔵に平和パネルを捧げ、黙祷しました。

私たちのために早朝から宮森小の体育館を貸してくださいました。石川宮森630会の方も朝早くから私たちを待っていてくださいました。

体育館では、突然襲ってきたジェット機墜落事故について、630会事務局長の伊波洋正さんから話を聞かせていただきました。

伊波さんは、当時1年生でした。突然ドンという音がして、続いて子どもたちの叫び声が聞こえたのですが、何が起きたか、はじめわからなかったそうです。

教室に担任の先生が来て、学校にジェット機が落ちたから、早く帰りなさいと言われ学校を出ました。帰る途中、手押し車に乗せられ病院に運ばれる子どもたちを見ていたそうです。

伊波さんは、一人の少女の事に強く胸を打たれたと話してくださいました。病院に運ばれた少女が駆けつけたお母さんに「兄ちゃんは?」と尋ねていた事を知った時、罪もなく、こんなに優しい子がなぜとの思いが大きくなり、絶対に忘れてはいけないと、伝えて続けている事を話してくださいました。

自分たちと同じ6年生3名含め18名の子どもが亡くなってしまった事、校舎がめちゃくちゃになってしまった事を知って悲しくなりました。宮森小で起きた事を忘れてはいけないと思いました。

平和の礎でお話くださった稲福さんからは、当時事故に遭い、後遺症のため、のちに亡くなった同級生の話、仲よし地蔵の由来などを教えていただきました。

宮森小の6年生との交流の時間になりました。

宮森小の人たちが、私たちの迎え入れ準備をしてくれていました。

挨拶が終わると、両校の出し物交流です。

私たちは、大森み神楽を披露しました。宮森小からは、石川市に伝わるエイサーを見せてくれました。踊りはもちろん、三線や唄まで自分たちでやれていてすごいなと思いました。

体育館での交流が終わると、私たちにとっては、はじめ体験する人が多い給食交流の時間です。宮森小の人たちが盛り付け、配膳をしてくれました。メニューは、もずく丼、アーサ入りゆし豆腐汁、牛乳、黒糖アガラサー。毎日給食を食べられいいなと思いました。






給食を食べながら交流や名刺交換をしました。好きなアーティストの話しで意気投合したり、腕相撲をしたりして交流を深めました。

宮森小を去る時には、すっかり笑顔で打ち解けた感じの人が多かったです。


宮森小学校の先生やみなさん、とっても楽しかったです。本当にありがとうございました。


旅の最後は・・・国際通りでショッピング

最後お楽しみ、買い物時間です。

班で買い物を楽しみました。









この4日間、一人ひとり自分の感じたこと考えたことを毎日、自分の言葉でまとめました。
そして、みんなの言葉を沖縄学習旅行委員の人たちで、私たちの「平和宣言」という一つの形にまとめました。
これから空港に向かいます。みんなで「平和宣言」を確認して東京に帰ります。

充実した沖縄学習旅行でした。

(おしまい)